(上掲書 PP.182-184を要約 下線は藤巻 以下同様)
「大魚」見逃した悔しさ
名古屋大学理学部(名古屋市千種区)の
篠原久典教授(48)はこれまで2度、
失敗を経験した。
1991年2月、篠原さんは大学に泊まり
こんで研究に没頭していた。フラーレン
(炭素原子がつながってサッカーボール状
になった物質)の大量合成技術が前年の秋に
発表されたのをきっかけに、世界中の研究者が
フラーレンを使った研究に飛びついた。連日
30本の論文が発表されたという。
篠原さんの当時の目標は、フラーレンの中に
金属原子を入れることだった。
鉄を入れることから始めたが、来る日も来る
日も失敗ばかり。4カ月過ぎたある日、友人
でもある米ライス大のスモーリー博士から
ファックスが入った。
「ランタン(希土類の金属)原子を入れた
フラーレン生成に成功」
スモーリー博士は、フラーレンの発見者である
(1996年にノーベル化学賞を受賞)。
彼も篠原さんと同じ鉄から始めたが、難しい
と見るや、早々に他の金属に切り替え、一番
乗りを果たしたのだ。
篠原さんにとっては、さらに悔しい経験が
重なった。
同じ年の秋、「カーボンナノチューブ
(炭素原子が、つながって円筒形になった物質)
発見」のニュースが世界を走った。発見者は
NECの飯島澄男・特別主席研究員(63)。
ノーベル賞級の発見である。
篠原さんは、研究が手につかないほど落ち込んだ。
「大きな魚がすぐ目の前を通り過ぎたのに、僕は
見ているだけだった」。実は、金属を入れる実験
の中で、妙な副産物ができることに、篠原さんは
気づいていたからだ。
フラーレンは、2本の炭素棒に電圧をかけて
放電現象を起こし、炭素原子を蒸発させて作る。
そのとき、マイナス電極となる炭素棒の先端に
黒いものが積もる。篠原さんら研究者はそれを
「スラグ(かなくず)」と呼んで放置していた。
その「くず」こそが、カーボンナノチューブ
だった。電子顕微鏡の専門家である飯島さんは、
「くず」を丁寧に観察し、大物を射止めたのだ。
(上掲書 PP.182-184を要約)
1980年、電子顕微鏡で炭素のさまざまな結晶
を観察する中で、輪切りのタマネギのような
不思議な画像に出合った。1985年、スモーリー
博士らがフラーレンを発見したとき、「あのタマネギ
がそうだった」と気づいた。悔しくて「C60(フラー
レン)はすでに見えていた」という論文を発表した
ほどだ。1991年の大発見は、その失敗経験と
無縁ではない。
(上掲書 PP.184-185)
二度の失敗で苦汁をなめた篠原さんはその後、
スカンジウムやイットリウムなどの金属原子を
入れた金属内包フラーレンの合成に相次いで
成功。1つのフラーレンに複数の金属を入れたり、
欲しい物質を選んで合成する技術も確立した。
(上掲書 PP.185-186)
1985年、クロート、スモーリー、カールの
3人が未知の物質を見つけた。炭素原子60個
からなるその物質は、六角形と五角形が組み合わ
さった、サッカーボールそっくりの多面体である
ことが分かった。同様のドーム建築を設計した
建築家のバックミンスター・フラー(米)にちな
んで、「フラーレン」と名づけられた。
カーボンナノチューブは、炭素原子数万個が蜂の
巣状に並んだ金網のようなシートが筒状になった
形。燃料電池の水素の貯蔵装置や電子部品などへ
幅広い応用が考えられる。